全力で頭を抱える日記

おもに乙女ゲームの感想を中心に。ネタバレご注意。

15 2019

定期的に出戻る

ちょっとバタついてたのでバリバリも真相ルートを残して完全ストップしている状況。いざプレイしようとしたらVitaちゃんが充電切れで完全沈黙しているので補給させながらこれを打っているそんな今です。語ることはそんなにないが広告が出る前にとりあえず語っておくそんな雑談。


・ダンキラで甦った音ゲー熱でガルパに出戻った話
ダンキラが配信になったのでプレイしたのだけど、これがまあ……なんというか……微妙でして。
話はすっ飛ばしてるのでそこはどうかわからないが、コンセプトもキャラクターも巧く振り分けていて作りも丁寧。じゃあ何が微妙かって言うとシステムで、これが楽しくないわけじゃないんだが絶妙に使いにくい。自分は音ゲーするときは叩くコマンドがよく見えるよう設定しないと気がすまないタイプなのだけど、後ろでチラチラ踊ってる映像を流されるのが、結構苦痛で。いやダンスの話だからそこをよく見せたいのはわかるんだが、多少でも良いから背景をもう少し見やすくしてほしかった。あとは細々なシステムの調整と、リリースから日が浅いのを考慮しても曲数が少なすぎる。あと音ゲー部分は難易度が低い。キャラとコンセプトはいいだけになんともついていきにくいのが……ちなみに曲はさすがのコナミサウンドで凄く良かったです。音ゲーの中でもかなり上位に入るぐらい。

ダンキラがあまりにも音ゲー部分の難易度が低すぎるので、なんかふと思ったのかガルパをやりたいなと思ったのが始まりだった。というのも自分が最後まで難易度最高を叩けなかったのがガルパだったので。ちなみにスクフェスも追加された難易度は最後までたたけてないが、アプリゲーの宿命なのか飽きさせないための難易度追加がとても好きではないので完全ノータッチしてます。まあこれはシャニライやガルパにも言えることだけども。
ガルパはだいぶ前にiPhone勢だけ画面調整が狂ってそれがなかなか直らなくて呆れて卒業、というなんとも微妙なアンイストールの仕方をしたのだけど、システム自体は結構好きで話もそこそこ楽しんだ記憶があったので。で、いざ再インストールしてガチャ引いてみたら、それまで一度も出なかった☆4がドバドバ出てきてそこでもう崩れ落ちるようにハマりました。やっぱアプリゲーはレア度高いのがある程度でるかどうかだよなと思った出来事でもあった。
相変わらずハロハピ勢が大好きです。こころちゃんかわいいよこころちゃん。彼女の歌声を聴いていると現実がどうでもよくなるというよりは現実がぐにゃぐにゃ歪んでふわふわになる感じがします。なんかこの表現あれなやばい感じだな……そんな感じです。


・久々のエロゲ予定
黄昏のフォルクローレをプレイ予定。MUSICAが来る前に残りの瀬戸口作品(CARNIVAL)をやっておこうと思ったけれどこちらのほうが無事マスターアップしたみたいなので。特に期待もせず面白いと良いなあぐらいの心持ちで待ってます。いやそりゃ私を狂わせた桜小路ルナ様ぐらいの大物がきたら万々歳だけど、なんでかこういうのは10年に一人の逸材なんだよなあ……。
ちなみになんでこの作品を買おうかと思ったのかというと主人公くんが乙女ゲーの攻略キャラかってぐらい美男子だからです。鈴平氏キャラデザで乙女ゲーだしたら売れるんじゃないだろうか。あと割と安価なので手が出しやすかった。


・刀剣乱舞定例報告
白山くんは出ませんでした。白山くんレシピでたくさんの鶴丸がでました。そのままたくさんの鶴丸をこねて鶴丸レベルを上げました。


評判の良いシャレマニを買いましたが、これはプレイするのはもうちょっと後になりそう。死神と少女も予約しました。一人攻略してすぐ挫折したので、色々視点が変わった(と思われる)今、再度プレイしてその違いを感想に残してみたい。
17 2019

全力で頭を抱えて10周年

本日にて我がブログも10周年を迎えました。いやーびっくり。小学校四年生ですよ。
このブログを作った時はまさか元号が平成から令和へと変わるなんて思ってもみなかったですし、プラットフォームもPS2もしくはPSPが主流だった時代ですので、月日の重さとやらを感じます。一応我が家のPS2もPSPもご存命です。あともう10年こいつらと一緒にゲームをしていたい。

ちなみに5周年の記事では乳首につままれた作中でDAPPUNする(らしい)人をかなり興奮気味に語っていて過去の自分をぶん殴りたくなりましたが、今の自分も彼のことは凄く気になるのでいずれ彼のすべてを見守りたいですね……。
まあそんな話はともかく。10年間、ただひたすら私はこのブログを壁打ちの壁として使っていましたし、いまさら特段語ることも無いとは思っていたのですが、せっかく10年という節目なもんですし、少しだけ真面目にこのブログについて語りたいと思います。

このブログを作ったのは長くネット上で行っていた同人活動に区切りをつけた頃、長文で語る場所がなくなってしまい、自由に語れる場所がほしいと思って作ったのがこのブログでした。これほど長く続ける気なんてなかったですし、これからも無いですし、多分私が『別に語らなくてもいいや』とか思ったらすぐにネットの海を漂うかつてネット上に居た人の意思になるのだと今でも思っとります。
しかしこれほど長く続けているとほとんど習慣なようなものになっていて、ゲームでなくてもなにか作品に触れる→感想を書くというのが一セットになってしまっているので、これを唐突に辞めることもまた難しいことだと感じています。作品に触れなければ感想を書くこともなくなるでしょうが、それはこれからも適当な気分次第でやっていくつもりです。

このブログはほとんど自分のために書いているもので、その中でも備忘録的な意味が9割を締めています。残りの1割は思考の整理です。
未来の自分が、その作品をプレイした当時の自分がどう思っていたかを覗くためのものです。10年も経つとこれもまた良い感じにも悪い感じにも発揮していて、『過去の自分も結構考えながらプレイしているんだなあ』と思うこともあれば、あまりにもテンションや下ネタが酷すぎて羞恥に耐えかねた部分をこっそり削除したり修正したりなどをしていました。しかしながら、このブログの始まりの次の記事から「中出しが功を奏する」とか書いている人間の羞恥心とは一体何なのか、を語りたい(もしくは釈明したい)気分にもなりましたが、私も10年で小指の第一関節ぐらいは精神も成長しているのではないかと思っているので、その第一関節分に引っかかったのだろうと思います。多分。
しかし不思議なことに、多少の解釈の変化や感想の書き方の変化はあるにせよ、根幹的に感じているものが大きく変わることはありませんでした。それは私が第一関節しか成長していないからかも知れないですし、これがもう10年経てば「いやそのりくつはおかしい」になるのかも知れないですが、それは今後のお楽しみにしたいと思います。

とは言え、インターネット上に公開している以上、人の目を意識している部分ももちろんあります。が、私は書くほうも読むほうも、自分と解釈が一致しようがしまいが、「こういう考えの人も居るんだ」という感覚でいます。書いている最中は普段空気しか詰まっていないんじゃないかというぐらいの軽さの自分の頭がいつになく真剣にフル稼働していますが、書き終わった後は自分の感想でさえ「そうだったんだー」と空気のような軽さで思うこともしばしばあるので、真剣に稼働しているのは送風機能だけでやはり空気しか詰まっていないのではないかと思っています。なので、できれば読んでいる方は肩の力を抜いて読んで貰えたらと勝手に思っているのですが、書き手の私がどう書くのも自由なように、読み手の人もどう読もうが自由だとも考えています。

そのような感じで脳髄直下で書いているため、これまた不思議なことに、感想を書いているうちに「あれ、自分こんなことを感じていたのか」とか「こんな解釈してたんか」みたいな、自分の中に思いもしない視点が発生してきて最終的に『この思考は何なんだ』『誰なんだお前』みたいな感想が出てくるときがあって、これが感想を書いていて一番不思議で面白いところです。ある意味ホラーです。感想を書くのに面白いとはどういうことだと自分でも思うのですが、これこそが自分でも気づかない部分の思考の整理なのだと感じています。

それでも、「感想を書く」という行為には、その感想を抱くまでの題材が必ず必要になります。このブログで主でいうところのゲームですね。なので私に良いも悪いも楽しいも悲しいもいろんな感想や感情を与えてくれた製作者の皆々様方には感謝してもしきれないです。この場を借りて改めましてお礼を言いたいと思います。本当にありがとうございます。
こちらもお金を払っている以上、時には英世、一葉、諭吉あたりを失った嘆き悲しみをキーボードを叩き壊す勢いで文字を連ねたりもしますが、そのへんはある種イーブンだと考えております。
また、毎度毎度何をそんなに語ることがあるのか万里の長城のように長い文章を読んでいただいた方もありがとうございます。時には同じ意見だったり、時には解釈が全く違ったり、文字量の多さに読む気をなくしたり、誤字脱字に呆れたり、わけのわからない考察をし始めて何を言っているのかわからなかったかもしれませんが、私も自分の言っていることがわからなくなることがよくあるので本当に申し訳ありません。ただ、読んだ上で『自分はこう思う』と感じた考えの一助になっていれば幸いです。

最後に。このブログを起こした時の一番最初の記事で、歯で箸を折っていた話をしていましたが、最近それもめっきりなくなったなあと思っていたところに久しぶりに歯で箸を折ったので、良いタイミングの良い偶然になかなか心が踊りました。これからも箸を大切にしていきたいと思います。歯の健康はもっと大事にしていきたいと思います。
11 2019

光森壱哉ルート 感想

彼のようなキャラを攻略対象に据えて、この物語を構築して終わりまで導いたことに心から感服した。


ここまで全員のルートがそうであったように、壱哉も生い立ちから現在に至るまで、今の壱哉を構成している要素を追いつつ、そして今立ちはだかる問題に対し、悩み、考え、立ち向かい、そしてぶち壊していくルートでした。正直に言うと、強烈に萌えたとは言い切れないのだけど、恋愛ゲーに対するアンチテーゼ的な要素を組み込みこみ、二人の恋愛を成就まで導いたことに感心しっぱなしだった。

共通ルートでの壱哉のエピソードでも分かる通り、主人公に対してのアプローチの方法が一辺倒。相手のことを考えず、「女の子はこれが好きなんだろう」と壱哉が思い込んでいる食べ物を主人公に出してキレられる話だった。まあなんやかんやでそれは解決するのだが、ルートを進めるうちに壱哉が主人公に対してそういう扱いをするのは当然のことだったと明かされていく。

ひとまずデートをすることになって、これまたいい雰囲気になり夜景をバックに主人公が壱哉の『結婚詐欺』について問い詰めるのだけど、これが壱哉が「過去に嫉妬している」と勘違いする要因になって、思わず主人公にキスしてしまう。一方、嫉妬とかではなく本当の意味で過去を問い詰めただけの主人公はいきなりファーストキスを奪われ、そのまま壱哉をぶん殴り帰宅する。この展開は正直愉快も愉快でワハハ笑いながら見ていたのだが、その笑いも急速冷凍するような展開がやってくる。笑顔のまま凍る。
いつまで経っても謝りに来ない壱哉に業を煮やした主人公が壱哉の部屋へ赴くと、謝るどころか自分のほうが傷ついているという顔をして『とどめを刺してくれ』的なことをいう壱哉に、二度目の大噴火と拳をお見舞いする。私もここまでは、『本当に自分のことしか考えてないな~理由あるんだろうけど最低だな~』ぐらいにしか考えていなかった。つーか主人公がグーパンで殴ったことにプロレスを見てる気分になっていた。
すると飯担当にもかかわらずご飯を作らないどころか、部屋からすら出なくなった壱哉に流石に不安を覚えた婚約者候補たちが壱哉の部屋に入って説得を試みようとするのだが……この辺りの各々の反応は必見で笑った。しかし笑えるのもここまでである。

主人公が意を決して中に入ると、そこにはシーツに包まって大粒の涙をこぼしている光森壱哉さん(26歳)が居た。


……主人公(17歳)は引いていた。
約10歳も違う成人男性を泣かしてしまったことも驚きだろうが、それよりも良いお年の成人男性が部屋で一人しくしく泣いているというのは凄まじい状況だ。薄葉カゲロー氏の美麗なスチルで無ければ引くどころか恋愛対象からも転がり落ちていただろう。顔面の作り的な意味での生みの親に感謝するんだぞ壱哉。
もちろん私も引いたが……引くというよりは驚きのほうが勝った。つーかなんでお前の方が悲しんどんねんとは思ったが……何らかの事情がお有りなんだろうな、というのはこれまでの壱哉の反応で察することは出来た。ここで追い詰められた壱哉が、ポロポロと誰からも愛されなかった過去があることを匂わせる発言をするのである。あれ……なんかヒバリ嬢の壁を壊すはずが、殴るのと当時に壱哉の壁を壊してませんか。あとヒバリ嬢も壱哉の泣き顔を見てなんか目覚めかけてたので壁を壊すっていうか新しい違う扉開いてました。

その後ある程度落ち着いた壱哉に過去を問うのだけど、勇気がでるまでもう少しまってほしい的なことを言われ主人公も壱哉の心情を鑑みて待つことに決めるのだが……。そこで、これまで共通ルートで出会っていた、困っていたところを助けてくれた相談に乗ってくれる優しいお兄さんであるカズさんが現れて、実は壱哉の双子の兄だったと名乗り、壱哉の事情を話してしまうのである。

一方、三度の飯より双子ネタが大好きな自分は仁王立ちで両手を上げてガッツポーズした。ありがとうバリバリ、ありがとうオトメイト。
立ち絵が似ていたので薄々そうではないかと感づくようには出来ていたが、いざ本当に双子ですと言われると双子大好き人間としてはそれだけでもうテンションが上った。個人的に双子設定で好きなところは、人間必ず優劣が存在して、誰よりも近い存在であるにもかかわらずそこには差異が必ず発生していて、お互いにそれが苦しむところである。まさしくこれが来てくれて壱哉の苦しみとは対称的に私はずっと双子萌えをおかずにご飯をばかすか食っていた。

両親、そして双子の兄である千哉は合理的な考え方で、家庭で壱哉だけが結果よりも過程を大事にする思考が育っていった。つーかそもそも両親は何を思って千と壱って名付けたんだひどくないっすか。
考え方も違い出来が良い兄だけが愛される中で、誰からも愛されないことを悲しんだ壱哉は、女性に対して優しくすれば、同じ分だけ優しくしてくれたり愛してくれたりすると学習する。要するに、誰にも愛してもらえないから、愛してもらう代わりに相手に合わせた理想の男性を作り上げていたと。だから共通ルートでも、相手のことを考えずにテンプレートのように『女性が喜ぶこと』をひたすら実行していた。主人公が問いただした時も、嫉妬と勘違いしてキスでもブチかましておけば納得してくれるだろうと思ったのだろう。
浅はかだ、と思うと同時に、ここまでくるまでそれが本当に愛情であると思っていた壱哉に同情せざるを得なかった。ただ愛情が欲しくてやってここまで来たのかと……どんだけ孤独だったんだ。自分とよく似た存在は自分以上に認められて、愛されているのに、自分は誰からも愛されず、誰かから愛されたいという一心で、ずっと愛を囁いていた。思った以上に根が深くて、そういうのを美味しいおかずにしながらご飯を食べるのが大好きな自分は嬉しさを感じながらも一方で頭を抱えた。
これらの経緯を主人公にも語るのだけど、そこで壱哉一番のやらかしとも言える『結婚詐欺』について語るのである。一人暮らしをして家から少し離れて気持ちが落ち着いたと思ったら、結婚を考えていた女性にフラレていたタイミングで、千哉からとある令嬢から無理に押しかけられてるんだけどどうしたらいいと思う?と相談を持ちかけられるのである。そこで壱哉は「俺なら令嬢を上手く心変わりさせられる」と言って千哉に成り代わるのだが、逆に狡猾な令嬢に罠に嵌められて、薬を盛られて既成事実を作らされそうになったところを、見張っていた千哉に助けられたと。

…………こりゃあ簡単に話せないわ。言うの渋るのよく分かるわ。17歳の女の子にこの身の上話はキツすぎるわ。つーか17歳をとっくのとうに超えた自分でも結構キツいっす。
止めと言わんばかりにご令嬢から「劣化版」と言われて罵られるのである。状況に耐えかねた壱哉は親戚の光森家に養子入りする。これを主人公は、自分を肯定出来ない自分の過去に重ね、「愚か」の一言で断じることは出来ないと考える。一方で千哉側も壱哉に愛情は持っているもののそれが上手く伝わっていない面もあり、事態は色んな意味で滅茶苦茶に拗れていた。

そもそもこの壱哉の兄である千哉がこの婚約者騒動の発端で、合理的な千哉は、自分の会社を大きくし地位を固めるために目をつけたのがこの東条の跡取りである主人公だった。いやーイケメンスパダリ双子に挟まれてむちゃくちゃオイシイっすねえヒバリさん。
千哉は合理的で説得力ある言葉で主人公の婚約者に名乗りを上げる。何をしても勝てなかった、何をしても負けてしまっていた壱哉は後ろ向きになりながらも、初めて本気で欲した存在である主人公を手に入れるために立ち向かう。
この千哉も千哉で、『だったら俺と結婚して壱哉を愛人にすれば良いんじゃない?』とか言い出して正直もう笑い転げた。素晴らしい倫理観をかっ飛ばした発想だ。ここで壱哉が本当に怒って千哉に喧嘩を売るシーンで、ようやく壱哉のことを格好いいと思い始めることができるようになっているのも、巧いシナリオだなあと思った。
ちなみに壱哉が婚約者に選ばれた理由は、「愛し愛されることの意味を誰より知っているように思えたから」らしい。千哉が求めていた存在に自分が愛されることで千哉に勝てるという打算が頭に浮かぶも、自分も愛されたいと婚約者に立候補したとのこと。ここらへんの経緯とそれぞれの思いが交錯している描写は色々立場や思いを考えさせられてとても良かった。

とんでもないことをされてとんでもないところをみてとんでもないことに巻き込まれている主人公だったものの、壱哉の生い立ちを自分に重ね、壱哉の弱さに引きつつもそんな弱さも可愛いと受け入れて、確実に壱哉に好意を抱いている。……はずなのに、それでも壱哉を選ぶと断言できない主人公。それが何であるのか理解できず、状況を一旦ノートにメモって考えたり、事もあろうか壱哉の最大のライバルである「カズさん」に恋愛相談したりしてもなかなか何であるか理解出来なかった。この辺は私も主人公が全くなんで悩んでんのかさっぱりわかんなくて、カズさんが言ってくれる「何か引っかかるから~とかいっていちいち距離を置くのか」という台詞にめっちゃ頷いたりした。
一方で他の婚約者候補からの後押しもあって、もう一度主人公を好きになった理由を添えて告白することにした壱哉。他のルートでもそうだったけど、ホント仲いいな君たち。

ここまで、笑い転げ、笑顔が凍り、報われない思いに苦しんだ自分に待っていたのは最大の恐怖だった。

キスをブチかましてしまった例の場所で、それまでの上辺だけの言葉ではなく、拙くても素直で飾らない壱哉の本心の告白を聞いても、主人公の心にはまだ響かない。嬉しいと思えても受け入れることが出来ず、自分自身も何故なのかと困惑している中で、「どうしたら俺を愛してくれる」という壱哉の悲痛な叫びを聞いた時の主人公の台詞は背筋が凍った。

「……それ、私でないと駄目なの?」

私が壱哉だったらショックでチビってそのまま近くの海にダイヴしてる。
立て続けに言葉の機関銃を撃ち放たれる。

「もし他に、あなたの弱い姿を他の女性が肯定して認めていたら……
私よりも優しくしたら、愛したら――
……あなたはその人のことを、選んでしまうんじゃないの?
なら……。私じゃなくてもいいじゃない」

壱哉の息の根を止める気か。こんなライフ0になるどころかマイナスになるような台詞を、壱哉が心から人を愛して、心から愛されたいと願った人に繰り出されるなんて流石に不憫だ。可哀想だ。これまでも可哀想なのにまだまだ可哀想だ更に可哀想だ。この主人公の台詞は複数回もトドメを刺された壱哉を貫通してプレイヤーの私までもを刺した。どんな愛の囁きよりも、強烈に猛烈に痛烈に心に残った。

この台詞の良いところは、壱哉が双子なところにもかかっている。できる兄と比較され、愛されなかった過去を持っている壱哉に掛けられた言葉が、要するに『似た存在が居たらそっち行くんじゃないの』だったのは傷口グリグリやられた後に丹精込めて塩を塗り塗りされることに等しい。似た存在に苦しめられてきた壱哉が、『似た存在が居たら~』とか言われる苦しみ。
困ったことに、主人公がこう疑問に思うように伏線もちゃんと散らばっている。実際壱哉は愛欲しさに色んな人に歯の浮くような台詞を囁いてきた。それは相手のことを本心から好きになったから出る言葉ではなく、相手のことを想った言葉ではない。不特定多数の『誰か』に愛されたかった人間の台詞だ。それを序盤にカズが指摘している。伏線も巧く張られていて素晴らしい。

「そう、きっと彼は誰かに愛されないと生きられない。だから過剰なほどに愛そうとする。
愛したぶんだけ愛されると信じて、相手に一方的に愛を押し付ける……
ただ、厳しい言い方になるけど、それはいわゆる代償欲求、見返りを得ること前提の下心でしかないよ。
結局のところ……。一番大事なのは彼の本心だ。
彼は本当に、君のことが好きなのか。それとも同じ愛を返してくれる相手なら誰でもいいのか?」

そこまで察してるんだったらもうちょっと弟に優しくしてくんないかなあ……。カズさんのおかげもあって滅茶苦茶話が拗れてるんすけど……。

けれどこの主人公の疑問は、乙女ゲーに対してのアンチテーゼのように感じた。制作陣がどこまで考えてこれを作っているかはわからないけど、これはいろんな恋愛ゲーに通じるようにも思える。「その人だからこそ」と言えるとは一体何なのか。哲学か。
壱哉は主人公にしか救ってもらえていない。だから、その仮定自体が無意味である。現時点で存在することの無かった可能性を考えてしまえばいくらでもマイナスな事項は考えることができるので(もちろん逆も)、例え似た存在が居たと仮定してその人を選ぶかどうかを判別することは出来ない。
しかし、厳密に言えばそれは「何故ヒバリでないと駄目なのか」を証明する答えにはなっていないような気もする。この17歳のシンプルでマントル並みに深い質問を唐突に投げられて言葉に詰まった壱哉は到底責められない。つーかこれに即座に答えられる人間ってなんなんだ。存在するのか。
これを肯定する事もできないが、否定することもまた出来ない。壱哉が主人公じゃなきゃ駄目かどうかの問題は一旦置いておくが、逆に考えて、主人公には壱哉以外の男性のエンディングが用意されている。つまり、主人公にとっては壱哉は『壱哉じゃなきゃ駄目』ということにはならない。だから、この質問は恋愛ゲーが負う宿命であるマルチエンディングのアンチテーゼでもあるような気がした。主人公は、壱哉以外を選べてしまえるのである。それを主人公が「私でないと駄目なの?」と問うてくるもんだからもう困った。主人公がこのゲームを否定しているようなもんだ。そして主人公も逆に壱哉じゃなきゃ駄目な理由を問われて、答えを出せないのである。出せたらむしろびっくりである。

そんでもって壱哉の心にドでかい風穴を開けるほどの剛速球のこの問いに、主人公と結ばれる可能性があった攻略キャラたちが答えてくれるところがまた面白かった。

大我「真実の愛は世界に1つだけのはず。……ってか?
お嬢……。そりゃ恋愛映画や少女漫画の世界だけで成立する話だ」

攻略キャラから言われると胸にクるものがあるなあ……。肯定して欲しかったわけではないが、その少女漫画の雑念がない美しい世界が好きな人間としては、ちょっと主人公が唯一無二を求めた気持ちも理解できた気がする。

汐音「極論だけど……。どんなカップルにも【その2人じゃなきゃいけない理由】なんてないんだよ?
お互いを【運命の相手】だと思ってたって、この広い世界をくまなく探せば、同じような見た目と性格の人物は見つかる。
ただのそっくりさんよりも、出会い恋に落ちるのが早かった。……それだけの話」

ぐうの音も出ないし仰る通りなのだが…………なんか私にも刺さってきた!男性陣の正直な意見すげえ!威力が!
仮定の話だからやはり断言的に答えることは出来ないのだが、そのそっくりさんと恋に落ちるのも確定事項ではない。落ちるかも知れないし、落ちないかも知れない。つーかわからない。一方で、主人公にとっては唯一無二"ではなかった"可能性を覗くことが出来てしまった私は、彼らの発言を否定することも出来ない。……ちなみに那由太は上記で語った、壱哉じゃなきゃ駄目な理由を主人公に訊いていた。意外と鋭いところを突くんだな那由太。
ただこの男性陣の回答を聴いて、男女の違いが面白い、なんてことを自分は考えていた。男は最初の男になりたがり、女は最後の女になりたがるともいうが、ヒバリの思考はやはり「自分が最後であってほしい」という願望なようにも思うし、男性陣の思考は「可能性はたくさんある」ということの示唆なようにも思える。

結果、壱哉はすべてを捨てる覚悟でヒバリと対峙することに決めた。なりふり構わずヒバリを連れ去って、火サスばりの崖の上でいろんな人に追いかけ(追い詰め?)られていたのは、これぞ最終決戦という感じがして真剣な登場人物たちには悪いが楽しかった。もちろん、壱哉はヒバリの問に対しての答えも用意して……いたかどうかは難しいところですが、壱哉の回答もまた面白かった。

「考えたよ! 今日までの間、何度も何度も寝る時間さえも削ってその答えについて考えたさ!
でも、何もわからなかった!君じゃないと駄目な理由なんて、全然思い浮かばない!
ああそうとも! 浮かばないさ! ……だって仕方ないだろう?それが事実なんだから!」

正直でよろしい。
……それでも男性陣はみんな、はぐらかさずに真面目に考えて、傷つけるのだとわかっていても正直に答えてくれたところは良いなと思った。私が彼らの立場だったら「この世に似てる奴はいても同じ奴なんて二人もいないんだから安心しろ」とかいう考えることを放棄した回答をしている気がする。この台詞に至るまでの前座と、この後のトドメの一言も最高だった。壱哉のキレっぷりとなりふり構わずな感じと自分を取り繕うこともせずに、それが情けない姿であろうと全力で「君じゃなきゃ駄目」を表現していたのはときめいた。
壱哉が出した答えも結局言い方を変えれば、たらればの可能性を考えることは出来ない、ということのような気がする。似たような人は居ても同一の時間や環境、感情を背負ってきた人間は居ないのだし、会って会話して心を通わせあった時点できっと唯一無二なんだろう。
主人公への愛を身体を使って証明しようとする壱哉に対して、「唯一の人って言って欲しかった」と告白を受け入れる。君がいないと生きていけない、までの告白でときめいた人は見たことがある気がするが、君がいないと生きていけないから駄目だったら死んでやる、でときめいた主人公は正直笑った。貴女に愛されないなら死ぬ=自分の生命を賭けて貴女を愛します=貴女じゃなきゃだめ、という図式なんだろうけど……しかし凄い告白だな……いや、本人たちがいいならいいか。

その後の気持ちが通じ合った後の必死な壱哉の反応も楽しかったが、ちょっと情けなくても一途で愛されたがりな壱哉は可愛かった。両者愛されたがりな人間だから、相性は良いんじゃないでしょうか。
ちなみにBADEDよりAnotherEDで本編で壱哉が強く否定してた愛人展開になってしまいもの凄くショックだった……。千哉との結婚は避けられなくなってしまい、壱哉も『愛人』という形を受け入れるのだけど、世の倫理道徳的に正しくないことは、いずれ軋轢を生むと思うし、それに対してメンタルがお世辞にも強いとは言えなさそうなこの二人が耐えられるのかというとまた疑問だ。それだったら、しゃーないからやっぱ千哉の方にするわメンゴメンゴ!の方がまだHAPPYEDでした。私にとってこのEDはどんなBADより耐え難いEDだった。


……結局「私でないと駄目な理由」の明確な答えは出なかったけど、人によって答えが違うという曖昧な形で収まるような気がする。主人公と壱哉が二人で考えて出た結論はこの二人らしくてとてもしっくり来たし、それこそがこの作品らしいような気もして感動も出来た。それに、『主人公だけ』が求められる傾向にある乙女ゲーにおいて、この疑問を投下して、作品なりに答えを出してくれたことがなんというか、とても嬉しかった。それについて考えることも楽しかったし、制作側も答えをだすのが難しいような視点から作られたものを最後まできちんとまとめ上げて答えを示してくれたように感じた。
壱哉が主人公に、主人公が壱哉に惹かれる過程も理由もちらほら伏線を違和感なく散らばらせながらも、終盤綺麗に回収して行くところも良かった。突っ込めば粗はあるし、正直言えばもうちょっと惹かれる過程にボリュームが欲しかったけれど、逆に言えばそれほど長くない話を良く巧くまとめ上げたなあという感心する気持ちがとても強い。

壱哉は『見返りばかりを求めている』って悪いふうに言われがちだったけど、見返りを求めるのはそんなに悪いことではないと思う。そりゃ見返りの求めない無償の愛は美しいしなかなかできることではないと思うが、やはり自分が何かをしたら、返される何かがあったら嬉しさを覚えるものだろうし。例えば、見返りを求めずに相手のためを思ってしたことが、お礼なり行動なりで返って来たらやはり嬉しいもんじゃないかと。まあ千哉はその度合のことを言っていて、壱哉は見返りを求めすぎってことなんだろうが、壱哉の境遇を思うとやはりどこか同情してしまうんだよな……あとあの泣き顔スチルは本当に効いた……ヒバリと一緒に新しい扉開けるどころか扉を木っ端微塵にぶち壊しましたね。
壱哉が過去付き合った人たちは壱哉が心から好きになったとは言えなかったと思うし、相手のことを良く考えてした言動では無かったとは思うが、壱哉が彼女らに対して何もしなかったわけではないし、実際彼女らも壱哉の言動で喜んだ部分はあったと思うので。どっこいどっこいなんじゃないでしょうか。それでも、こんな顔良し家柄よし家庭的なスパダリさんを振る元カノ達は一体何者なんだ……。主体性や自分の意見が無いことに不満を感じることはあるとは思うし、これらも有村さんとの会話で「なんでも叶えてくれるなんてつまらない」なんて言われていたが、そんなつまらなささえ塵と化す程の素晴らしい輝かんばかりのスペックだと思うのだが。ただこのまま行くと一生本音を聞けなさそうな感じはするのでそこで足踏みするのはわからなくもない。

何度もいうが、壱哉の泣き顔は最高でした。このスチル演出は薄葉カゲロー氏の絵でなければ効果的に働かなかっただろうなあと思うほど彼はとても良い表情をしていた。新しい扉を開いたヒバリ嬢の気持ちに共感するほど、エロくて美しくて可愛いスチルだった。美しいイラストはたくさん見たことがあるけれども、このイラストレーターで無ければ描けない表情や表現を見れたような気がして、そういう意味でもとても興奮した。

あとキャスト変更についてはご病気なので仕方なかったとことだとは理解も納得もしているが、本音を言うと、やはり元のキャストで楽しみたかったという気持ちも拭えない。変更後のキャストの方が苦手とかではないし、私の中で壱哉はこの方の声しか考えられなくなってはいるのだけども……。
双子の兄である千哉のキャストとその方の声質を考えると、変更前のキャストの方に準じてキャスティングされたように感じられた。それは制作側が考えて決めた演出の一部であったようにも思える。それと、この壱哉のある意味強烈に個性的なキャラクターとシナリオを、どう演じられたのかなあというのも気になった。

最後に……。
ショタ壱哉最高だった!!!!あーなんで成長したんだ!!いや成長後も違った意味で最高だったけども……。あと攻略キャラ全員のショタ時代どれも最高級逸品でしたが中でも壱哉はダントツで可愛らしかったちょっと困ってる感じが素晴らしい。大人になってもこの名残があるとか素晴らしい逸材ですね。
この素晴らしいショタ時代に出会うことが出来ないなんてとても悔しいので……この素晴らしい瞬間を写真という名の永遠の空間に閉じ込めて欲しい……おいルクレール聞いてるか出番だぞ。
06 2019

黛汐音ルート 感想

無敵ってこういう事を言うんだろうなと思った。半端ない強さだった。


各婚約者候補たちのキャッチコピーみたいなのは、物語へ引き込ませるための強い引きぐらいにしか使われて居なかったのだけど、汐音だけはそのキャッチコピーに偽りなしの素晴らしいヒモ具合でした。確かに世間一般ではヒモと呼ばれるに相応しいのだけど、汐音の言う通りそれは対等な関係である。両者が納得してその関係を築いているのだから。これが例えばお金を援助している側が、されている側に「その価値なし」と判断すれば即座に関係は破綻するのだろうけど、それは相手から何を得ているかで変わってくるので当事者以外は判断しようがない、と自分は思います。

ヒバリ「……対等とは言うけど、一方的に援助を受ける関係のどこが――」
汐音「だからぼくも返せるものを返してきた。彼らがぼくに投資した分、見返りとしてね。……これは前にも少し話したよね」
(中略)
汐音「そのお返しの方法は相手によって違うよ
ただぼくを眺めるだけで満足する人もいた。着飾らせるのが好きな人もいた。おしゃべりするのが好きな人も。
彼らは僕を側に置くことで、他では得られないものを得ていたんだ。それで十分じゃない?」
ヒバリ(……詭弁だわ。
それらしいことを言ってはいるけど、結局施してもらっているのには変わりない。
少なくとも私には、対等だとは思えない……)

これって価値観だったり、解釈の違いなんだろうなと思えてとても好きなシーンです。でもそれは当事者でない側からの視点なだけで、当事者がお互い納得して居るのならばそれは対等なんだろうなあと自分は思う。例えば私がこのゲームをお金を払って購入したのも、このゲームで得られるものがあると考えたから。逆を言えばそう感じない人もたくさん居るだろう。需要と供給が合致するから、相手に対価を払える。それがお金というわかりやすい尺度であったり、労働というものが一般的であるから理解しやすいけど、汐音のようにそうでない場合もきっと存在する。
そしてこの理解出来なかった汐音との関係の価値を、主人公が体感して行くシナリオだったのには正直『良い趣味をしている』と思った。主人公が汐音の生き方を納得できないのも否定はしないけど、生きる上で理解出来なかったことの意味がわかったり視野が広がっていくことはあるので、これからもっともっと成長していくのだろうなあとある意味主人公の考え方はとても眩しかった。

汐音は作中で一番洞察力に優れていて、かつ自分の感情もよく理解できているし、相手の感情もコントロール出来てしまえる。だから本当に正しく『天性のヒモ』。相手の求めているものが言わずとして理解できるし、逆を言えば触れてほしくない部分を避けることもできる。だから汐音と居ることはきっと居心地が良い。その分大きな衝突も無いんだろうが、汐音を求める人は大きな衝突どころではないことが外側で起こっているから、汐音を求めるんだろうなあ。そこに性的なものがあったかどうかはわからんけど、無くてもなんだか淫靡な世界だなと思った。

一方でそんな汐音も周りに合わせて形を変えることに対してお祖父様から気持ち悪いと言われる。要するに『自分がない』ってことなんだろうけど、汐音に本当に自分が無かったかどうかは別として、個性が強いほうが面白いという点に置いては自分もお祖父様派だな。
そこから良いも悪いも本当の自分を求めてくれたら良いなと思うようになるのだが、正直なぜこれが主人公を好きになる動機になるのかが自分はよくわからなかった。喋らなくても様子を見ただけで主人公の為人を大体察知出来てしまっているのだけど、そんな主人公の脆さを好きになったのだろうか?一方で汐音も偶像でない本当の自分を欲してほしいと願うのだけど、自分はアメシストである汐音も汐音を構成する一部だと考えているので、これがよく理解出来なかった。皆そんな汐音だからこそ、汐音を求めたのではないのかなあ。なので一目惚れ的な感じの解釈で勝手に落ち着けることにした。実際ヒバリのようなタイプは出会ったことがなかったぽいですし。

なんだかんだ汐音に絆されるのだけど、主人公は社会的立場を気にする。いやそりゃそうだ。大企業の社長の孫娘の婚約者がヒモってのはなかなかに打撃がある。字面だけでも結構クるものがある。いくらヒバリ本人がきちんと仕事をしたとしても、でもヒモなんでしょ?って周りから見られて、それが綻びとなる危険性は十分にある。いくら本人たちが納得しようと、周りがそれを許さないというのも存在する。汐音はそれすらも知っておきながら、それでも自分は自分だと考えているところが面白かった。周りの雑音すら何も彼には響かない。お祖父様は雲のような人間って言ってたけど、正直これほどまでに確立した自分を持ちながら生きている人間って凄くないか。
しかしヒバリに「今の汐音は東条の家には相応しくない」といわれたことでかちんと来て、モデル活動を再開してヒバリに揺さぶりをかけるところは本当にゾクゾク来た。

「彼女のことはちゃんと見てきたから何が不安で、何を恐れているのかもなんとなくわかってるよ。
だけどそれを言われたとき、プツッと何かがキレたんだよね。そして思ったんだ。
……あ。ぼく、この子泣かせたい、って」

この台詞を言われた時はスタンディングオベーションの拍手大喝采の歓声ワアアアア!!みたいな感じでした。いやあーーー素晴らしい加虐的なお台詞です。これ以上ないほどの極上で最高級品。この台詞一つで、それまでふわふわして掴みどころのなかった汐音の確立した意思を掴めた気がして嬉しくもあった。受け身だった汐音が一転して攻めに回った瞬間に、なんというかこう……乙女ゲーの醍醐味みたいなようなものを体感できた気がして最高にテンションが上がった。一方でそれを聴いた大我がドン引きした表情で汐音を見ていて滅茶苦茶笑った。

ヒバリの壁は厚くて堅い。それを打ち破るための揺さぶりの方法としては汐音の取った行動は非常に効果的。ただしやりすぎるとBADEDでヒバリが耐えきれなくなってしまったけれど、あの後なんだかんだ汐音はしれっとヒバリの前に現れるようなきがしないでもない。何事もやりすぎると良くはないが、何もしないとヒバリは壁を壊せないのもまた事実で。でもこの手法って、壁を壊すというよりも、結局ヒバリに自分自身で決意させて『壁を壊させる』感じがして、そこがまた汐音らしいなと。
結局、社会的立場を得た汐音ではない、そのままの汐音を求めることになる。そこにはモデルとして活躍して女性からの熱視線を受けることへの嫉妬もあったけれども、それ以上に主人公を支えるという意味でも、汐音は自由で無ければいけない。結局汐音の手のひらで転がされて、汐音のもとへ行ったのを見てとても不思議な感覚だった。逆攻略という意味ではこのルートが一番ふさわしかったように感じた。汐音は自分を変えること無く、主人公の欠点を自覚させたり成長させたり、殻を破らせたりしていたので、こねこねされた挙げ句本人も気づかないうちに調教されていた。これがなかなか体験できないシナリオのように思えて、妙なカタルシスも得られた。

そういや、このルートでは珍しく春日が突っついてきて小姑のように小言を言ってきたのは意外だった。
汐音がそれを「自分の立場が奪われるのが嫌だから」と言っていたけど、そうでもあるような気もするし、ないような気もする。確かにヒバリが甘えたりする立場は春日なのだけど、汐音が与えるものとはまた違うし、春日もそれを理解していた気がしている。
汐音は『大企業の次世代を担う存在』という重圧から来る苦しみを癒やしたり鈍らせたりする存在だと思っている。重圧に耐えられる量は人それぞれだし、その重圧の種類も色々ある。ヒバリは良くも悪くも純粋で、目で見たり体感した物をそれが真意であるかどうか関係なく信じやすく、そして傷つきやすい。おそらく立場から来る重圧を受け止めきれなくて、いずれ壊れてしまいそうな気がしなくもない。だから汐音がそれを甘やかしたり苦痛を取り除いて上げるのはとても相性が良いのだろうと側から見ていて思った。
それをやりすぎると、怠惰になることは理解できるし、春日もそれを危惧しているのだろう。他のキャラはヒバリの成長にも関与すると考えて居るのかも知れないが、自分は汐音が主人公に与えるものも他の婚約者が与えるものも何ら変わりはないと感じた。与え方は違うかも知れないが。結局ヒバリに必要だったのは、ヒバリが心から甘えられる存在以外に他ならなかったのでは。
汐音を受け入れ求めること自体が怠惰である的な捉え方だったのは、春日も汐音のヒモという立場を『怠惰な世界』と見ているからなのだろうか。自分はそうは思わないし、どちらかと言えば汐音の考え方に近くて、人によってその人に必要なものは違うし、例えそれがどんなことだろうと、必要だから存在して居られるのだと考えている。
あと心から支えたいと思っているのなら、もし使えている主が道を誤ったのだと思うのなら、主のもとを去るというのは本当にその人のことを考えてないんだなと自分は思う。見たくないものから目を逸らすのは簡単で、例え自分の身が引き裂かれようと、間違っていると主に言えるのが本当に相手を思い支えることになるんじゃないのか。だからそれは春日の逃げだと感じた。
まあでもこれは噂のTRUEとやらで明かされるのかもしれないので、楽しみにしております。

あと汐音の親子関係や、モデルとして活動していた過去、子役の琉羽との一波乱も楽しかったけど、やはり一番楽しかったのは汐音の生き方と考え方だなあ。そこに至るまでの汐音の成り立ちをきちんと描いてくれたからこそ楽しめた部分も大きいけれども。
とにかく汐音はすべてが完成されていて、揺るぎなくて、確立した個を持っている。誰に何を言われようと、自分に自信がある、だから何を言われても彼には響かない。「社会的にそれは許されない」「怠惰だ」と言われようと、汐音には関係がない。社会的に許されなくても汐音は生きていられるし、社会的であることが必ずしも正しい生き方であるというわけでもない。怠惰であるという指摘は間違いではないかも知れないが、お前は怠惰だ、と言われてもそれが必ずマイナスに作用するってわけでもないことはシナリオでも語られていたとおり。だから、社会的な欠点と言われるものはあっても、汐音本人にとっての弱点は見当たらない、作中で一番強いんじゃないかと思えるほどの素晴らしい『自分』を持っていたキャラでした。そういう個性を持ったキャラを攻略対象として据えてきたところが面白かったし、嬉しかったし、楽しかった。
ちなみにショタコンである私が琉羽くんに全然引っかからなかったのは、私は策士というか大人な考え方を持っている子はあまり好きにならないタイプでして……だってショタ時代でしか持ちえないものがあるから輝いて見える。その点はルクレールさんに同意ですね……年相応に無邪気であるところが良いんですよ。それはショタでないと許されない部分で……あっなんか変な汗かいてきた。

汐音が生き物苦手なエピソードもしっくり来てよかった。なぜそんなに苦手なのかなあと考えた時に、生き物というか、ペットって汐音の立場に似ているから、同属嫌悪とかかな、とも思ったけどなんかそれはしっくり来なくて。でも植物は好きらしいと考えた時に、ペットは自分の思うようにコントロールできないからかも知れない。汐音は人と対話したり観察したりしてその人の良いようにすることに喜びを見出してるっぽいのだけど、ペットってそれが通じないからかなとも思った。まあここまで考察したけど、もしかしたら一言で済ませられるかも知れない……生理的に無理だった。これが正解なような気がする。

汐音と結ばれても、なんだかんだ社会的にもうまくいきそうな気がする。というか汐音が失敗したり不幸になるところが全く想像できない。汐音と結ばれない世界は想像できても、汐音が完全に生気を失うようなことが想像できない。
春日が危惧していた怠惰なことになることもまた想像出来ないなあ。それは汐音が好きになったヒバリとはまた違う存在になりそうだから。汐音はそれだけヒバリを上手くコントロールしそう。それをお互い無意識下でやっていそう。意識的にコントロールをするのではなく、なにか少しでも違和感を覚えたら軌道修正する機能が汐音の中にすでに備わっていそうで……そういう意味でとても完成された存在だった。
欠点や弱点があったり、傷つけあったりして成長する物語は作りやすくもあるだろうけれど、一般ではない過去を持っていながらそれを自分の中ですでにきちんと消化して、すべてを受け入れて立っている人を中心とした物語を組み立てていることにも感心したというか……とにかく黛汐音は凄かった。きっと誰が立ち向かっても勝敗はつかないだろう。作中一難攻不落だった。


お次は壱哉さんなんですが、壱哉本人はひとまず置いといて、私はとにかくもうこのシナリオに感心しっぱなしで萌えそっちのけでシナリオを丸ごと楽しんでしまった。素晴らしかった。
30 2019

石動大我ルート 感想

まさかの平成最後の記事を石動大我さんの感想で締める事になるとは自分でも思いませんでしたが、特段他に語ることもないのでそのまま石動大我さんの感想を書き連ねることにします。いやーーー楽しかった。と同時にとても唸った。平成最後の乙女ゲーのルートを彼で締めることが出来て満足満足。


那由太ルートをプレイして、婚約者候補たちのマイナス要素は大方物語の引きに使われているだけだと感じたので、今回の大我さんもギャンブル狂要素も強く物語に関わっているわけではないのだろうなと感じていたし、実際そうだった。まあガチンコモノホンのギャンブル狂用意されても困るだけだけど、大我の思考回路を理解するには必要な題材になっていた。ある意味物足りなくはあったけど、それ以外で大いに満足出来たしこの各婚約者たちの強烈なキャッチコピーは、物語の引きとしては成功してるんじゃないかな、と思った次第です。

そんなわけで大我さんは他の婚約者候補たちを影で取りまとめたり状況を報告したりする、いわばお祖父様がわざと配置した人間だったのだけど、性格等は偽っていたわけではなくて、素のまま潜り込んで誰にもバレずに過ごせていたのを見るに本当に彼は世渡り上手ですね。でも思うに、お祖父様本人もちょろっと洩らしてた通り彼も正式な婚約者候補だったのでは。お祖父様が何度も何度も自分の会社に勧誘したらしいし、人を見る目のありかつ人間模様を楽しむ良い感じの趣味をお持ちなお祖父様がただ単純に大我を配置したとは思えなくて。
一人目を攻略する前に大体各々の立ち位置が分かるのだけど、大我は本当によく人を見ていて洞察力に優れている描写が何度も出てくる。それは汐音もなのだけど、汐音よりも大我は輪から少し外れて全体を見ている感じ。汐音は個人個人の思いや人となりをよく観察している感じ。
この洞察力は、大我が一般家庭ではなく孤児院出身というので身につけたスキルのような気がした。人の状況や心情を読み取り、判断し、一歩外から輪を見て調整する。お祖父様はそんな大我のスキルも買っていたのかもしれない。人を動かすことの出来る人間ってとても貴重。

そんな色んな意味で『大人』な大我が、子供である主人公に絆されていくのは俺様オラオラ系に似合わず可愛らしかった。二人共まるっとまとめて可愛かった。
主人公は良い意味でも悪い意味でも純真純粋。よく言えば人の悪い面よりも良い面を認めるタイプ。もちろん悪い面が在ると理解はしているけど、一度悪い印象を抱いた人間にも良いところをちゃんと認めることが多々ある。そういうシナリオ方向に持っていっていると言えばそれまでだけど、これが大我ルートの終盤で大きく物語に関わってくるところも楽しかった。
そんな感じで一度悪い印象を抱いた大我が実は主人公側の人間だったと知り、主人公も信頼して大我を慕うのだけど、そこで結局大我の方が主人公の良さを知り、ぐらぐら傾き始めて、自制しようとして、結局主人公の感情に振り回されてタガが外れそうになるシーンは超興奮した。

うっすら自覚はしていたが、どうも俺は無防備に頼られると拒めない。
特にお嬢みたいな素直になれないタイプはダメだ。完全に、ほだされる。

大我さんは本当によく自己分析できてらっしゃいますねえ。この自己分析能力が高いのも終盤への伏線になっていることに気づいた時は、うおおと唸った。本人の気質や性格がシナリオにちゃんと組み込まれている。
とにもかくにも主人公のことを「かわいい」と思っちゃった時点でいやもうそれ好きってことやん?大我も自分の監視者という立場をわかっていながら、俺も男なんけど、みたいなこと言い出した時点でオチてるやん?と思いながら見守っていた。でも自分を慕ってくれて、まっすぐな瞳で見てくれる女の子が居たら好きになっちゃうよなあ……特に洞察力に優れている人間ならば。その言葉に裏が無いことがわかるだろうから。

なんやかんやで友人たちの協力もあって大我さんは腹を決め、主人公を落とすために自身も婚約者候補として名乗りを上げるのでした。このへんの告白シーンは大我らしいある意味ストレートな言葉で……本当にストレートな言葉言おうとしてて笑った。でも「お前で興奮する」って言葉は「お前で興奮したことがある」とほぼ同義だと思うっすよ大我さん。


いやーもう相思相愛じゃん、ここからなんかお家の問題でも起こってすったもんだあるのかな~と軽く思ってたらまさかの別方向で重いのが来たのは気味の悪いような感じがして恐ろしくもあった。でもそういうホラーではない、人の感情による恐怖を乙女ゲーで味わえたのはなかなかに久しぶりで、とても嬉しくもあったし、もちろん楽しくもあった。感情が大渋滞。

最初は大我を軽蔑し、大我の考え方を理解出来ないと思っていた主人公は、大我の身の上や考え方、お祖父様から評価されていること……様々な点から自分の目で見て、『大我は自分が思っていたよりもすごい人』だと判断する。もちろんこれは主人公の目を通してプレイヤーもそう感じる構図になっている。実際大我は自己分析も判断にも長けている、決断力も在る。これらを確認出来るシーンが何度もある。自分の生まれを後ろめたく感じることはなく、後ろを向くこともなく、いろんな物を見て前を見て進み世界を広げていく大我を尊敬する主人公の気持ちもよく分かる。
……が、それがだんだん過剰になってきて恐ろしさを感じてくるのだ。主人公に共感できていた感情が、汚れない眼で大我を信仰する信者を見ているような気持ちが湧いてきて、いつの間にかそれを受けて主人公を好きだったのに引いていく大我側の感情を味わう事になっている。この気持ちの変遷具合が、恐ろしくもあり、なぜか楽しくもあり、そしてとても巧みだった。
大我の環境や感情にツラれて(それが主人公の本意だったかどうかは置いておくが)、児童福祉やそれ関係のことを勉強し始める主人公に、それとなく傷つけないように釘を刺す大我を見ながら、このどうしようもどう持っていきようもない現状に、本当に恐ろしさを感じた。

大我「迷惑とかじゃなくてな?お嬢に認めてもらえんのは嬉しいが、ちょっと目が曇ってねえかって話を――」
ヒバリ「大丈夫よ。人を見る目には自信があるから。まして大我さんのことだもの」
大我「……いや……、だからな……」

この純粋さが怖い。このもうなんて返していいかわからなくなって言葉に詰まる大我の気持ちに滅茶苦茶共感した。
主人公が、まるで大我が間違うことがない人間だと純粋に信じているからこそ、大我は引く。私も引いた、めっちゃ引いた。大我が大人な目線で、自分は完璧な人間ではないことを知っているのに、『あなたはすごい人なんだ!絶対すごい人なんだ!』と言われることの恐怖。これで自信がつく人もいるかとは思うが、大我は自己分析に長けている人間なので、自分の短所もよく自覚している。だから、『自分はそんな人間ではないのに……』という気持ちと相手の純粋たる善意で心が圧迫される。擦り切れる。

そしてそこに答え合わせと、春日が主人公に依存癖があると告白してくるのである。
いやーーーもうダメじゃん。これじゃあ大我に逃げ場がない。可哀想。ここでの春日の告白は、「本気でお嬢様が欲しいなら全部受け入れてお嬢様の成長にちゃんと役立てよ」的なヤクザ並みの脅しだ。簡単に言えば「覚悟を決めろよ」。

「お嬢はまだ17で、人生経験も少ない。6つ上で好き勝手生きてきたやつの話が面白く聞こえて当然だ。
(……でも、そんなもんは自然とお嬢も手に入れる)
いろんなもん背負って、考えて、その上で経験積んだあいつの横で。……俺に、何ができる?」

現実見て自分の伸びしろ考えちゃったよ……まだ23歳なのに達観しすぎじゃないですかね……大我さんだって社会的に見ればまだ大卒二年目っすよ。それでも大我は自立して独立した人間だから、すがるなにかもない。感情の逃げ場もないし、出口もない。感情の割り切り方も知っているから、どこかに当たり散らして発散することも出来ない。ドラ○もんだって大人は甘えたり叱ってくれる人がいないから可哀想だって言ってくれてんのにさあ……。

追い詰められた大我がした行動は、『距離を取る』。言い方を変えれば『逃げる』。
追い詰められて急に現実が見えて、自分の立ち位置を考えて、逃げるしかなくなった大我を責められなかった。一方でなぜ置いていかれたかわからないままな主人公の立場も可哀想ではあったけれど。私が主人公の年代ごろにこのゲームをプレイしてたら、主人公側に感情移入してたのかなと思うと、ある意味とても面白い。
視野が広く場をとりなす能力に長けている大我が、場を整えずに飛び出したことを考えると、そうとう切羽詰まってたんだろう。ちなみにここのお別れのシーンの主人公の言動も一貫して「私が悪い。大我さんは悪くない」で恐怖も恐怖でした。下手なホラーよりこのひたすら純粋な思いが怖い。

主人公のこの依存する意識や考え方を、お祖父様の口から大我について語ってもらうことで切り替えられたのはとてもホッとした。依存癖はあっても、やはり考え方が頑固というわけではなく、本当にまだ成長途中なんだと感じさせられる。お祖父様もそれまでのおちょくるような口調から、本気で諭す時は諭してくれたので。やはり揃えられた婚約者4人は、お祖父様にとってはヒバリを成長させるための栄養剤みたいなもんだったのかなあ。
主人公も友人たちに相談して、一緒に方向性を見極めようとしているところはなんとなく、もう大丈夫なんじゃないかなーと思えたシーンでした。その中でも有村さんの一言が私までハッとさせられる台詞だったのでご紹介。

「難しいこといろいろ考えてるけど、そもそも今一番大事なのってさ――
東条と大我さんの恋が成就するか否か!……これじゃない?」

それでした。
ここで一瞬にして乙女ゲーに引き戻して貰えたのは嬉しかったし、シナリオの巧いところだなあとも思った。

その後なんやかんやあってクリスマスツリーの前で再会する二人。大我は、「家も友達も仲間も全部捨てて俺を取れるか?」と尋ねる。その時の選択肢がどのみちどっちも断るしか無いのは笑ったけど、ここで断るしかないのは展開的にわかる。
悪い言い方だけど、主人公は試されていた。今まで持っていたものを全部捨てて自分一人だけを信仰するような視野の持ち方をしているようじゃ、とてもじゃないが自分の手には負えないと判断したから出た問いだったのだと解釈した。だから、断るしか主人公には道はないし、お祖父様から話を聴いて意識が変化した主人公に「断る」以外の選択肢は出現しない。(あってもまあ楽しんだとは思うけど、BADになっていたのかな。)
クリスマスツリーの真ん前で叫びながら喧嘩をするこのシーンは最高の告白シーンでした。大我曰くコクとキレのある主人公のきっぱりした言い回しは、藤田咲さんの演技も重なって素晴らしい効果を発揮していた。頬を真っ赤にして泣く主人公に載せられた『眼の前で泣かれて困ればいいと思った。』の一言は強烈でキュンと来た。壁を作ってそれを壊されていた主人公が、今度は壁を作られてここぞという時に最大の女の武器で大我をたたっ斬って反撃するこの爽快感たるや。飾らない言葉で「初恋だった」と言われてこれで大我がオチなかったらほんと鋼の精神をお持ちだなと思うところだったので、オチてくれてよかった。思いが通じ合ったあとの大我への言葉に、大我は心から救われたんだろうなあと思うと、私の苦しみまで浄化していただけたようで何故か救われた気持ちになった。盲目的に信じるのではなく、好きという感情から派生して相手を思って信じるという気持ちを乗せた言葉も、主人公らしい言い回しでとっても良かった。

もう一つのANOTHER ENDでは告白の展開がちょっと違って、主人公が完全に大我を言い負かし勝利宣言するのは大笑いしたし可愛かった。こっちは初期の強気のツンツンした主人公が帰ってきたようで元気な感じが嬉しかったなあ。お祖父様と結託して大我をハメて海外に行かせて、戻ってきた大我に責められるシーンもみんな纏めて可愛かったです。


乙女ゲーはカウンセラーゲーと言われることがあるけれど、それとは真逆にたまにこういう追い詰められて行く人を見た時のなんとも言えなさが、辛くて心地よい。辛いのが心地良いとはどういうことかと自分でも思うが、なんというか、追い詰められて辛く苦しい気持ちを味わえたら心から応援したい気持ちにさせてもらえるのが心地良いのだろう。

ちなみに大我さんのギャンブル要素は作中でポーカーかなんかをやっている時に語っていたのが印象的だった。

大我さん、曰く――。
例えば100円を賭けて、1万円になった。その1万円を賭けて勝負したら、負けて0になった。
でも自分が損したのは最初の100円だけ。後の9900円は、ただの夢。

これを聴いて主人公は『もったいない』的な反応をするんだけど、大我がギャンブル狂か否か、を基準として考えるなら、『めっちゃふつーの思考だな』と思った。だって元手が100円で損失が100円なのはダメージがほとんど存在しないしかないからだ。100円が-100円になる過程は正直言ってあまり関係がない。人によってその過程に感情という損失ダメージに差があるかもしれないが、そもそも9900円で損する可能性を考える人はギャンブルに手を出さない気がする。遊びだと割り切れるから賭けられるのだろうし、まず元手が100円というのが『狂っている』という点において疑問が残る。
例えるなら、本当にギャンブルに狂ってる人間ってのは内臓担保に100万円を賭けるような気がする。自分が痛くない範囲での損失は勝った時の面白みも少ない。危険が伴えば伴うほど脳内物質ドバドバの量も変わってくる……ギャンブル狂の人はそこが楽しんじゃないのかなあ。
まあこれはギャンブルについて優しく教えるという意味で大我が配慮して語った可能性もなくはないんだけど、終盤で一歩踏み出せずに逃げたことを考えるとギャンブルを嗜む程度の遊び心は持っていても、そこに人生を賭けるような人間ではないように感じた。逃げるということは『負け』を考えるということだ。狂ってる人はきっと勝つことしか考えない。
だから大我がこのシーンで自分の命を賭けることが出来るというんだけど、実際には「俺は"多分"賭ける」という言い方をした通り、いざとなっても大我は賭けないと思います。ギャンブルで得られる楽しさよりも、他に大切なものを取るタイプ。

主人公は依存体質でもあるけれど、意識を変えられたこともあるし年相応でもある気がする。誰も信じることができなさそうな特殊な環境がそうさせてしまったのかなとも思うが。
それにしても、大きいものと対峙した時、足が竦んでしまう大我の気持ちに半端ないぐらい感情移入してしまった。東条家の大きさもそうだろうし、単純に好きな子の人生を背負うこともそうだろうし、一度土台を粉々に砕かれた世界でもう一度立ち上がることが出来なくなってしまった姿はとにかく悲惨という他なかった。それでも大我らしい熱量で立ち上がったのを見て、かっこ良いと思うと同時に心温まった。これからも挫けそうになることはあるんだろうが、もう一人ではなく二人で立ち向かうんだろうな~。

とにもかくにも、石動大我という人の性質、主人公の性質、周りの人間の立場や思惑、これらを上手く組み合わせて、描ききったことはあっぱれでした。特に中盤~終盤にかけてのふと感じる違和感から、展開が進むにつれて広がっていく大我の恐怖を自分も体験することが出来て良かった。感情移入する先が間違っているような気もするが、それでもバリバリという物語を覗いた一人として大いに楽しませてくれたことに本当に感謝。


なんか平成ネタで締めたかったんですが全然思い浮かびませんでした。
令和でも変わらずいろんな乙女ゲーの野郎どもを転がしたり転がされたりしてきたいです。