全力で頭を抱える日記

おもに乙女ゲームの感想を中心に。ネタバレご注意。

31 2010

寄生獣 感想

寄生獣(1) (アフタヌーンコミックス)
講談社 (2012-09-28)
売り上げランキング: 19,254


かなり個人的なエピソード含むが、ものすごく久しぶりに手にとったので感想を書きたいと思う。


この漫画を初めて読んだのは、なんと小学校4~5年生だったと思う。
兄がジャンル問わず少女漫画から青年漫画までよく漫画を読む人で、ある時この漫画を買ってきて、弟以外の家族全員で読み漁ったのを覚えている。
で、中身は説明しなくても大半の人が知っていると思うけれども、とてもじゃないが小学生に見せられるような内容ではなく。グロテスク過ぎて今の時代なら規制が掛かってしまうんじゃないかと思えるほどいろんなものがぐっちゃになっている。

当時の私が何を考えてこの漫画を読んでいたのかは、ひょいと思い出されるものではないけれど、『人がぐっちゃになるけど面白いなあ』と思いながら読んでいたのをぼんやりとだけ覚えていた。で、成人した今読んでいくうちにここはこうだったな、と思い出す場所がたくさんあった。
でもそれよりも強く感じたのは、小学生の時に読み取れなかったものが読み取れるようになってしまった、ということだった。

小学生の時の私は、新一が左目から涙を流すことに何の意味も理由も感じなかった。けれどもミギーがいるから左目から涙を流す、ということを今だと読み取ることが出来た。……ある意味感慨深くなったが、これが年をとることなのだと思うとちょっと寂しくなった。(秘密の花園を読んだ時もそう思ったが)
あとは新一の心情の変化だろうか。強く逞しくなっていく様子に、当時はただ単純に修羅場を乗り越えたから精神も肉体も強靭になっていったのだと思っていた。だけどもそれだけではなくて、母親の死を体感し、敵を打ち、多くの死を目の当たりにし、肉体が寄生獣(ミギー)に支配されることによって人間らしくない感情を身につけ、人の死をあっさりと享受する。それは新一がほぼ人間という種では無くなったことを示しているけど、寄生獣によって人間であると実感する。うーん、すごい展開だ。

そうやって昔を思いながら読んでいくと、昔にこの漫画に出会っていて良かったなあと強く思った。また新たに感じさせる、考えることがあって何重にも楽しむことが出来た。

『今の私』が感じることは、寄生獣達にも個々に感情があり意志があった、ということ。種は別でも、感情があるからこそミギーを可愛いと思えるし、そして逆に恐ろしいとも思える。他種であることはたしかだから。
あとがきを読んで思ったけど、やっぱり『後藤』を殺したからこそ新一は人間なんだなあと思える。別種だからこそ、躊躇いはあっても後藤を殺せた。

でもミギーには居て欲しいと思う。
人間って不思議だなあ、と感じた。

寄り添い生きるということは、人間側からも寄り添いに行くということ。
異種ながらも、何かで通じ合ったり分かり合ったりすることに嬉しさを覚えたりするのはそれこそ自己満足の一種なんだろうけども、まあそれでもいいんだろうなあと思うのは人間だからか。


というわけで未読の人にはさっぱりな感想文だったと思いますが、とにかく百聞は一見にしかず、です。手にとる機会、視界に入る機会があったら是非手にとって読んでみて欲しい作品。
グロテスクな描写がきついですが、それこそ必要な表現なので、苦手な人もどうにか乗り越えて読んでみて頂きたい。



あと全然関係ないんですが。
エルフェンリートに共通するものがあるなとちょっと思った。
種(DNA)からの命令、人を殺すことに躊躇いがない(食事ではないけど)、ベクターっぽい感じに伸びるものがある。あっちはあっちである意味ぶっ飛んでいて私は好きです。


あと。
こういう漫画も規制されて行くのだなあと思うと非常に残念。悪影響もあるだろうが、当時読んだ漫画に何度も感銘を受ける私としては『読んでいてよかったなあ』と思うのでした。
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