全力で頭を抱える日記

おもに乙女ゲームの感想を中心に。ネタバレご注意。

06 2019

CARNIVAL 感想

いやー、興奮した。自分でもびっくり、超萌えた。


CARNIVAL
CARNIVAL
posted with amazlet at 19.06.30
S.M.L (2004-05-14)

あらすじ
主人公・マナブは昔から、嫌な事があるとその記憶を無くしてしまう癖があった。そのことが原因で、ある日マナブは殺人の容疑をかけられ逮捕されてしまう。
しかし、護送中にパトカーが事故を起こし、マナブはその隙に逃亡する。
勢いで逃げたものの途方にくれたマナブは、幼馴染のリサのもとへと歩き始めた。ずっと返しそびれていた「ハンカチ」を返すために…。


MUSICA!が来る前に、残りの瀬戸口作品をプレイしておきたいなと思い始めた作品。あらすじはだいたい知っていたし、私は瀬戸口廉也という人の書く文章に抗いようもなく心を揺り動かされるので、始める前は割と心持ち軽くプレイを始めた。もうどうやったって揺さぶられるんだったら構えずにプレイしようと思っていた。
それまでプレイした2作でどういう文章が来るかは知っていたし、重いは重いでそこは期待していたものがちゃんと得られて良かった部分も在ったんだが、前述した通り想定外に大層萌え転がってしまってたまらんかった。いやあ学も理紗も可愛い。二人まとめてよしよしいい子いい子したい。(これとは全然関係ないが岡本倫先生が過去にツイッターで語ってたあの気持ちドンピシャ。)
それでもよくよく考えれば、キラ☆キラもSWAN SONGもなんだかんだカップルのやり取りでめっちゃ萌えていた部分もあったし、私が瀬戸口廉也というライターの好きなところは、きちんと男女の恋愛を描いているところなのかもしれない。過去にプレイした2作もそうだが、CARNIVALでも、学には理紗しか居ないし、理紗にも学しか居ない。それはとても危ういことだし、実際物語はもつれにもつれて危ういどころではなかったけれど、その引き離せない相互関係が大好きなのである。いろんなものが衝突しまくって擦り切れて行ったこの世界では、互いにボロ雑巾になりながら崩れそうな両足でなんとか支え合っていた。互いが互いに惹かれ合う理由が懇々と描かれていて、この部分がこの人が創る物語に惹かれる理由の一つなのだろう。私はとにかく、向かう未来が明るかろうが暗かろうが破滅的だろうが、運命的に因果的に惹かれていくカップルに弱いんだ。全く、まいったまいった。

まあそんな自分の性癖はともかく、桑島由一氏が作ったプロットからはいくらか変化しても、これまでプレイしてきた瀬戸口氏らしい心理描写は納得したし、全体的な構成も含めて楽しんだところは大きかった。破滅へ向かっていく物語を楽しんだというと悪趣味だなと自分でも思うけれど、物語の謎やそれぞれが負ってきた過去と行動理由は納得も理解も出来るものだったし、物語は悪化の一途しか辿らなかったけど「そらそうなるわな」という道筋では在った。それでも最後に救いがあったような気がするし、ライターがどういった意志を持ってこのEDにしたのかは知らないが自分はラスト救われる部分があった。
他2作はどちらかといえば心理描写重視で、物語の謎や全体的な構成に大しての面白さはそれほど感じられたことはなかったのだけど、学の多重人格、理紗の過去などを上手く織り交ぜて謎を作り、全体構成がまとまっていたのは、他の作品にはない楽しさで驚いた。やはりこの人の真骨頂と言えば心の内側の描写であるだろうけれど、そうではないところで楽しんだからなんだか不思議な心地。これは桑島氏からのプロットから引き継いだものが功を奏したのか、それとも御本人が上手く利用したのか。調べたところによると当初のプロットよりは大きく書き換えられたらしいが、まあどちらかはわからないけどそういった意味でも楽しかったです。
粗があったといえばお粗末な警察の行動だろうか。そもそも殺人事件の被害者の一人である理紗のことを警官の百恵が知らなかったり、殺人事件の容疑者である主人公が逃亡したのに全然ニュースになっていない事とか。まあ物語の舞台が理紗の家と夏祭りの会場と学校ぐらいしかないからではあるんだけど、それにしても疑問が残る。ただこれらは物語の主軸ではないのでスルーは出来た。気にはなったけれど。

学の母は夫となるはずだった男性(学の実父)に捨てられ、母は学にその負の感情を与え、学は逃げ場のない現状を武という人格を作ることで逃避した。誰が一番悪いかを簡単に決められないように出来ていて、誰を憎むことも恨むことも出来ない苦しさが読者側に残る。それでも、誰に感情移入するかで、その人にとっての『悪』は決まるのだろうな。ただ自分は、『この人が耐えれば』とか『この人がもう少し頑張れば』とか思うことは確かにあったが、それでも私には明確に断言して言うことは出来なかったなあ。強いて言うなら大人勢にはもうちょっと頑張ってほしかったけれど、大人だからといって強いわけではないし、大人だからといって心が壊れないわけではない。毎日同じ場所に針を刺せば、たとえ厚手の板だろうが貫通してしまうように、きっと心もそう出来ている。それは学の母も、学の祖母も、理紗の両親もそう。描かれはしなかったけど、日々のどこかで軋轢を感じて、心がひび割れて、他者を思いやる心を失ってしまった。困窮していればしているほど余裕という物がなくなるし、そうして皆どんどん苦しめあって拗れていく。見事と評するにふさわしい描写でした。

一体、何が始まりだったんでしょう。
 志村先輩や、三沢先輩がしていたことは、確かに良くないと思います。でも、ここまでされるほど酷い罪ではないとも思います。
 じゃあ、武君が悪かったのかとか、学君が悪かったのかというと、私には、そうは思えないんです。
 学君は、そうでなくとも、昔から大変なことがあって、きっといつも大変な思いに耐えていたんだと思います。
 その学君を守るために、武君がしたことは、確かにやりすぎだとは思いますけれど、武君は武君で、学君を母親から守ろうとしても、学君自身に否定され、そして、ずっと閉じこめられて、他にもやり方はあったのかもしれないけれど、きっと、選ぶことは出来なかったんです。
 じゃあ、学君のお母さんが悪かったのかというと、お母さんもきっと、辛い目にあっていたんだろうし。
 どこまでさかのぼっても、みんな辛そうで、しかたなくそうしたように思えます。
 世の中に、本当に悪い人なんかいるのでしょうか。
 この辛さや苦しみの連鎖はずっとどこまでも際限なく続くのでしょうか。

「悪い人」とは一体なんのことかと考えたくなるけれど、理紗のこの独白は見ていてとても痛かった。理紗自身に与えられる苦しみも、「そうするしかなかった」として享受している部分があるのが、ある意味とても不幸。きっとそれは受け入れてはいけないことだったんじゃないか。終わることのない負の連鎖だけれど、それでもそれは、たとえ家族であろうとぶつけて良いことになどならない。だからといって、ずっと我慢し続ける事もできない。毎日誰かは誰かしらの負の感情を受け、その誰かもきっと他人に負の感情をぶつけたり、きっと何かでその嘆きや悲しみを昇華しているのだろう。度合いの大きさはあれど。もちろん、私自身も。
明確な理由もなく悪として描かれがちなのはやはり父親(特に主人公側)なんだけど、瀬戸口作品にはどうもこの問題が上がる。きっとご本人の家庭環境から来る描写なのかなとは思うが、まあ推察してもしょうがないことだし、そこも主体じゃないですし。

現状が何も解決するわけではないし、この未来はきっと明るくはない。ただ、私の中でこの物語は単純に負だけが描かれているわけではなかったと思うし、どうしようもない現状の中で思考を練って、もがき苦しんでも、必死に幸福を求める姿には、なぜだか生きる活力のようなものを得られたような気もした。それは、例えば頑張ってる人を見て勇気が湧いてくる、とかそういうものとはちょっと違うのだけれど、手に入るか入らないかわからないものでも、自分の心を大切にしようとする姿はやはり胸に響くものがあった。なんとも言語化しにくい。でも、たった一瞬だろうと、彼らは人参という幸福を得たのだと思った。その先がどうなろうと知らん。たった一瞬でも、たとえ触れる程度のものであっても、二人は確かに幸せだったんだろう。それと同時に私もこの物語に救われたのでした。


話変わってシステムについてはまあ普通のADVでした。不便さはあるが年代を考えれば申し分なし。あ、一つだけ、音声が音飛びすることが結構ある割にはバックログ等で再生出来ないことがちょい苦痛だったが、途中から割り切った。UIはオレンジを基調としていておしゃれで素敵。
CG担当はSWAN SONGと同様の川原誠さんで、この方が描く表情はほんっとうにすばらしい。パンツもろ見えで学を見下す詠美パイセンの表情とか、三沢を殺した手で理紗を犯す武の表情とか、特に相手を征服する感じの表情が個性的で良い。挑発的でどこか色気が内包されていてとても好き。あと構図が素晴らしく凝っていて、見下ろしたり見上げたりする場面が最高。ワンショットっていう感じがする。オススメのワンショットは手作りの万華鏡を作った時にそれを覗いた時の理紗と学のCG。それまでの過程を含め、とてつもなくなんとも言えない気持ちになった。またこの絵柄で、この画力で、エロゲじゃなくてもいいので、どこかで出会いたいなあ。

フルアニメOPがこれがまた作画を含め素晴らしい出来。回転系の作画って難しいらしいが、このOPではそこそこ使われていて、かつギリ本編から逸脱しない程度に内容に沿っているところも好き。中身はこのOPのように明るくはないんだが、それでも遠くかけ離れているわけでもなく。学を取り合う理紗と泉、仲良く描かれている詠美と麻里。終えて見れば、ああなるほどと思うアニメでした。ちなみにタイトル画面で待機してると別バージョンのOPも見れて、それがまた良い出来で驚いた。
音楽も今知るとなんとごーかな方たちばかり。このOP、カーニバルの作曲はElements Gardenの上松範康氏で、BGM制作も藤田淳平氏と菊田大介氏とエレガほぼ総動員。女性向けでも男性向けでも色々お世話になってきた人たちに、まさか昔のエロゲまでお世話になろうとは思いませんでしたね……。カーニバルは桑島由一氏の歌詞も含めて、本当に好きな曲で、これをフルで聞きたいがために歌手のNANAさんのアルバムを購入したほど。シナリオライターとしての桑島氏はまだ作品に触れたことはないけれど、作詞家としては大好きです。ちなみに瀬戸口氏にはその才能はないらしい……(キラ☆キラで歌詞を書いたらしいが却下されたのだとか)


以下よりキャラ感想。いやーみんな業背負ってんなあ。背負ってんのか、背負わされてんのか。皆もうちょっと、俺は悪くねえ精神持っておこう。


●木村学(武・マナブ)
いやー開口一番こんな事言うのもあれだけど、ショタ時代超可愛かったっす。もうスチル大興奮でしたし、学も武も可愛かったですねえ……二人まとめてよしよししたい。よしよししてねんねんころりよとか歌いたい。おかげさまで枯渇していた母性がフルバーストでした。瀬戸口作品の主人公はショタ時代がみんな可愛くて毎度大興奮でショタコンとしてはいつもありがとうございます。こんな事言ってると理紗父とかが頭をちらつきそうだが、自分はかわいそうなことが大嫌いなので、理紗の代わりに理紗父の股間の大黒柱をわたくしご自慢の高枝切り鋏で刈り取ってやってこようと思う。あ、なんかよくわかんないが変な汗かいてきた。
ただショタコンとして言いたいのはショタから氷河流の声が流れてきたのだけは頂けなかった……いや、氷河流氏のことは大好きですが、ショタの声帯は違うんですわ、そこんとこもうちょっとこだわってほしかった。いや男性向けエロゲにこんな事言うのもあれだとはわかってはいるんだけど。

こんなに頭が良いのに、お母さんに愛される方法だけは分からなかったんだなあ……と思うと、本当に心が苦しかった。いや、頭が良すぎるのでわかっていたからこそ、多重人格になったのかもしれない。自分に逃げ場がないと見通せてしまったから。
序盤から自分を責めたりする思考が多くて、一体何故なのだろうと思ったら、そういう部分を『学』が引き受けていたんだろう。とても心根が優しい子なのだろうと感じていた。しかし、『武』の存在が明確になり、武の思考が覗ける二章『MONTE-CRISTO』を読んでから、これがすとんと腑に落ちた。もともと本質は学は自己を責める傾向にあったのだろうけれど、やはり心の何処かで「自分の所為ではない」と感じていたのだと。性格上、誰を責めることも出来ず、しかしそれだけでは心が成り立たず、生み出したのが非情に攻撃性の高い武という存在だった。自分を守るためのもうひとりの自己。なので武の残虐性、人に害をなすことへのためらいのなさはよく納得できた。学自身が、他者を責める心を持たない限り、武の凶暴性は増していく。学の外的圧力が増え、心が歪んで行くことに、武もエスカレートしていく。
こんなことを言うと私も学に圧力をかけることになるのかもしれないが、学は母親を責めるべきだった。もう少し細かく言うなら、母親を責める心を受け入れるべきだった。父親は責められるのに、母親は責められないのは、やはり子供にとって母親というのは何にも代えがたい存在なのだろう。特に、男性ならば。母親というのは無条件で愛情を注いでくれる象徴であるけれど、母だろうがなんだろうが、それ以前に一個の人間として存在する。母親というものはなるものだけではなく、させられるものでもあるような気がする。そして学の母親はそうなることが出来なかった姿なんだと思えた。だからといってそんな事は子供には関係がない。母にとってはこの現状に対しての不平不満は最もだけれど、だが行動には必ず責任が伴う。武も言っていたように、避妊しないでセックスした行動ゆえの現状だから、そこに対しての責任は発生する。
だから学は母親を責めて良かった。でも責めたところでどうなるのか、学はわかってしまえる。聡いから。そうして心は分割され、母親を責めることを武に一任させてしまったから、武はそのためらいのなさで最悪の行動に出る。武は自分が一手に母親からの暴力暴言を引き受けていたから、母親に対する感情が薄い。本来繋がっているはずの心が、思考が、分割された瞬間に、ストッパーが存在しなくなり、それはためらいのなさへと変化する。

「お母さんのこと好き?」
「何かへんなことばっかり訊くね」
「ごめん」
「別にいいよ」
「それで、こたえは」
「きまってるじゃん」
「どっちに」
「好きだよ」

これを屈託のない笑顔で答える学の笑顔がつらい……。もしかしたら、辛い現状から逃げるというよりも、お母さんをずっと好きでいたいがために、武という人格を作ったのだろうか。だとしたら今度は母親に『母親』を求められない武も可哀想で、結局みんな可哀想なんだ。辛い。

しかし学がいくら頭が良いと言っても、年相応の子供な部分も残している。万華鏡を作るエピソードなんかはもう、暴力が振るわれるシーンよりも心が痛かった。大人な私は、それが物語にとってどういうアイテムに使われるのか察してしまえる。でも学は、薄々感づいて居ながらも、母親に愛されるために、愛される手段を取らざるを得ない。そして毎度毎度、破壊させられる。そしてそれは心の傷として蓄積されていく。
唯一の救いだったことは、彼に理紗という存在が与えられたことだけれど、理紗も理紗で学の家庭環境とは違った「愛されなさ」がある。この二人が惹かれ合うことは結果として傷口を大きく広げることにしかならなかったが、たとえ一瞬だろうとなんだろうと、彼らは互いを愛することで初めて人に心から愛されたのだろうし、そこで欲しかった幸福を手に入れられたんだろうと思えた。だから私はその二人の幸福をおかずにガツガツ白米をかっ込んでいた。彼らの愛で今日もご飯が美味しいよ。
幼心ながらに心を分割させてしまえるほど、学は母親を愛していたのだろうと思うと、なんとも心が痛い。救いがあってほしかったけれど、無かったからこそ、二人の関係性は光り輝くのだろうと感じた。母親に愛されないことが、理紗との関係性をつなぐ最重要事項だったから。ああ、因果因果。

学にはもう一人人格があったらしく、これが学と武の二人に分けたらしいが、この人格が一番自己を俯瞰的に見れていたんだろう。感情すらコントロールして、周りの人間の状況を理解して、享受しているんだろうなと思った。それはそれで不幸だと思うし、本人も言っていたが結果的にそれは失敗だった。

「僕は母親殺しの罪で一生苦しみつづける。ただ、ちょっとの間だけ、猶予を持つ。今は無理だ。気が狂う。狂ったらラクになっちゃうだろう? それは駄目だよね。ねえ、理紗、ちょっと寝るよ。そして、起きたら、学は忘れてる。武に押しつける。ちょっとの間だけだ。でも、卑怯だと思ったら、学に教えてやってもいい。任せるよ。理紗に任せる」

自分の気持を他人に預けるだなんて卑怯だとは思いませんかね。しかもこんなとてつもなく重たいものを……でもそうせざるを得なかった現状も理解出来るし、この運命の上手く行かなさがとてもリアルで物悲しい。狂ったらラクになっちゃうっていうのが、自分の罪の重さを理解しているようでいて辛い。本当にどうでも良くなってしまったのなら、自分が苦しんできたことの価値もなくなるものなあ……。どの人格も、ちゃんと現状に立ち向かおうとして、でも出来なくて、膝を折ってしまったゆえの結果だと思うとなんともいたたまれない気持ちになった。

そうそう、私が一番萌えたのは学、武、理紗の三角関係。一章のCARNIVALでは学、理紗、泉の三角関係かと思いきや、二章以降に実はこれが学と武が二人して理紗を好きになっていることが明かされて一人大興奮していた。全く別の意識の別人格まで同じ女に惹かれるだなんて最高じゃないか。
ただ理紗が学と武は根幹では同じと判断していたように、私もそう感じていた。もともと抱えていた学の一部が顕著になったのが武なように感じていたので。武は自己分析は苦手なようだけど、側から見ている人間としては武も武で我慢しつつとんでもないフラストレーションを溜めていたようだし。それは母親への感情はもちろん、無抵抗の学への苛立ちもそう。こうなった時点で今度は武の逃げ場がなくなるのだが、そこにこの常人では受け入れがたいような現状を理解して接してくれる女の子が出てきたらそらもう好きになりますわ。武が初めて理紗を犯した時に処女じゃなかった時の反応とか見るとめっちゃ傷ついていてとても可哀想だった。心の中で大号泣しながら言ってそう。裏切られたと泣いてた学より顔グシャグシャにしながら泣いてそう。理紗が処女じゃなくて一番ショックだったのはあんただろうに……。
そんで理紗が自分が処女じゃない理由を淡々と語った後に、それまでとは違う意味でのセックスに入るのがもう萌えまくって祭りだ祭りだワッショイ状態だった。このセックス中の武の心の描写が、今までと違って相手を征服してやるというよりも、理紗という人間を観察しながら行っているし、ただただ行為に集中しているのがわかって、どこまでこの人達は私を萌え転がせば気が済むのだろうと変なことを考えながら見ていた。

もちろんのこと、学も学で理紗に捕らわれている。捕えるつもりはないだろうが、お互いに素晴らしい感情の絡まり具合で大変美味しゅうございました。学が理紗を疑い、泉とのやりとりで理紗への気持ちを自覚して号泣した時とかは学の理紗への気持ちの重さがようやく表に見えて、ある意味とてもホッとした。もっと早く自覚しても良かっただろうに、自分と関わると理紗が不幸になるからと自分の気持ちをコントロールしてきたんだろうなあ。実際はコントロールどころかコントローラーが爆発炎上してることにも気づかずに。
すべてを放棄してもう良いだろうと逃げることを選んで警官と3Pすることになったときに、理紗を人質Aと捉えて、心中でも理紗を犯すことから逃げていた気がする。それだけ理紗が特別だったんだろう。学の不幸なところは、頭が良すぎたり、色々考えてしまうところなのかもしれない。

なんでもかんでも意味・理由・根拠を欲しがる性格の、上手いやめ方を教えて欲しい。

よく分かるわあーーーー!これは考えれば考えるほど加速するばかりで鈍らない。そしてこれらを欲して、たとえ意味理由根拠を手に入れたとしても、自分自身が受け入れられるかどうかというのはまた別の話なんだ。
初めて祭り会場にきた時に、学は学で自分の母への気持ち等を自己分析しようとする。しかし、私が上記で語ったように、学は結局他者を責めることが出来ない。自分がいることで他人が不幸になるのならば自分が悪いという思考に繋がるのは、それこそ不幸だ。学がそう思うように育ってしまった環境だったのが、ただただ不幸。

「母さんがいなくて悲しい」
ためしにつぶやいてみた。あんまりうまく言えていない。

人の気持ちなんて複雑だが意外と単純で、結局学にとってはこれが正解だった。色々考えても、やはり母親が好きだったし、辛くても、悲しくても、母親が居てくれていたほうが良かった。武という存在を作り出してでも、自己を否定してでも、母親を愛していた。すべてが空回って最悪の結果になってしまったのがただただ悲しいが、そういう気持ちに持っていって貰えたことが、不思議と嬉しかった。半端なく苦しくはあるが。
そしてこれを呟いた時に眼の前に居たのが、そこに居るはずのない理紗という……これを運命と言わずしてなんというか。たとえ狂った運命だろうがなんだろうが、最高級のボーイ・ミーツ・ガールだった。


●九条理紗
ぶっちゃけ私は処女じゃなかった!第一章。スワソンのゆかっちってこれの第二章だったんだなあ。理紗と同じフィールドに、ゆかっちも居るような気がする。もちろん種類は違うが、なんというか中身が似ている気がする。ネガティブなのに結構ワガママなところが。いやでもそこが可愛い。

序盤ギャルゲにありがちな(少女漫画でもありがちだが)一匹狼な主人公を構い倒している事に「瀬戸口作品なのに珍しい。桑島氏が原案だからか?」と思っていたが、三章「TRAUMEREI」で理紗の事情や気持ちが明かされて、納得した。思った以上に学を手放せない人だった。そもそも理紗が家庭環境に何の問題もなく、普通に成長しているただの幼馴染だったのなら、学からは距離が離れたような気がする。困った事に、理紗は父親から性的虐待をされることで、己の気持ちや周りの感情を人よりも深く考えるようになった。それまでも本人の気質でそうではあったんだろうけど、この異常な行いをされることで、自分の感情や周りの感情・環境のことを観察し、考察する資質を伸ばして言ったような気がする。そしてそれこそが、学を理解し、事情や感情を察するに至ったのだと思うと……皮肉とはまた違うが、なんとも不幸なめぐり合わせだなと感じた。いや、自分はそういうのが好きだから、興奮しながら見ていたんですけどね。

正直、学の思考よりも理紗の思考のほうが理解し難かった。これはスワソンでもそうで、一見すると理解しにくそうな司の思考よりもゆかっちの思考のほうが普通じゃない気がした。この受け入れがたい現状を受け入れて、正しくないことをしながら、嘘を重ねてまで自分がいやなことを享受している、だから自分が悪い。側から見てる人間からすると「どこが悪いねん」と思うのだが、理紗にとっては間違ったことなのにそれを正せず、自分を責めていれば多少は気持ちは楽になり、現状がだらだらと続いていくことは『悪いこと』なんだろうな。どこが悪いねん。

 もし、誰か絶対の人に全部を話すことが出来て、その誰かが、これは正しい、それは悪い、と決めてくれたら、きっと何もかもがうまくいくのに、と思いました。

理紗も理紗で自分の感情を他人に預けようとしている時点で相当やばい気もするが、それだけ追い詰められていたのだろう。そしてこれを、同じく受け入れがたい環境にいる学に預けようとした。それでなくても、理紗は恋愛感情で学を好きだったのだし、学への気持ちを自覚することで、父の行いを拒絶する気持ちを加速させる。そしてそれは父を受け入れられないのにそれでもまだ受け入れている、という自己嫌悪にただひたすら陥る。こんな事言っちゃあれだが、学はわかりやすいゆがみ方をしていたが、理紗は表面は普通で内面がものすごいゆがみ方をしているから、他人にはそれが一切目に見えてこない。学や武ですらラストまで理紗の感情が見えなかったのだから、相当なものだろう。
学は理紗が大切だから理紗を引き離そうとし、理紗は理紗で学が大切なので(それが自分のためであろうと)学を追いかける。そのうちにまた武が出てきて……というこの関係は、何度もいうが、非情に興奮した。三人で三人を追いかけ回しているなんだか面白い構図。

理紗が自分のことを悪いと思うのも理解出来なくはないのだが、やはり自分は理紗は悪くないと思うし、学と同様、父親を責める心を受け入れて良かったんじゃないか。それを相手のせいにだけすることが出来なかったんだろうが、何かを変えようとするきっかけがなければ何も変わらない。まあ父親の行いを明かせば良い方向へ向かないだろうことが理紗も頭の良さで察せられているところがなんというかもう……性格上の問題でもあるんだろうが。

学が捕まり、いないとわかっていても約束した夏祭りの場所へと向かい、そこに学がいた時の理紗の心情は、ようやく捉えきれなかった理紗の感情が見えたようで居てとても嬉しかった。と同時に色々こみ上げるものがあってめちゃくちゃ目頭が熱くなった。破滅へ向かうしかなくても、やはり互いが互いに切っても切り離せない関係性なのだと思うととても興奮したし、結局巡り巡って彼らが出会えた事が私はとても喜ばしかった。お互いがお互い、自分の気持ちへ向かうことを決めたきっかけになったのだから。

こんな事言うの無粋だと思うが、父親をノーカンにすれば武(学)が初めての人になるし、ハッピーハッピーでええやないすかそれで。駄目か。駄目だよな……じゃあ最後の男を学にすれば良いんだ。駄目か。あかんか。まあどうなろうと、うだうだ考えないで、自分の中で一番大事な人を一番大切にすれば良いんじゃないでしょうか。いや、そういう問題じゃないということもわかってはいるんだが……やはり理紗の苦悩は最後まで理解し難かったなあ。いや、理解出来ないというか、納得できないのほうが近いか。スワソンのゆかっちの感想でも書いたが、それもまた一興。理紗がどう思おうと、自分は、理紗は自己を責めなくても良いと思った。

ちなみに武から変な女※認定されてたのは腹抱えて笑った。男性ライターで変な女に出会うことが出来るとは思わなかった。やっぱり変な女は老若男女世界共通ですべてを救うすごい女だと思った。いや、たしかに学や武を救う手助けをしたすごい女だと思う。
※『変な女』とは――女性向け作品(乙女ゲー、二次創作、少女漫画等)でヒロインによく掛けられる言葉。大抵は変わり者のヒーローに対し根気強く構い倒し、ヒーローが心を開いた際に変な女・変わった女認定される。「誰も近寄らない変わり者の俺にかまうなんて変わった女」である。


●渡会 泉
物語最大のトリガー。ある意味理紗とは真逆の存在。よく似ているのに、多分考え方は真逆なような気がする。理紗いわく「生きるエネルギーに溢れている」。知的好奇心旺盛で疑問に思ったら手首をチョチョイのチョイしちゃうことも出来ちゃう。そんないずみんが聡明な学に惹かれるのもわかるし、自己理解を深めようとして苦悩し続けている理紗と仲良くなるのもよくわかった。
しかし可哀想な事に、学にとって武を含めた本当の自己を理解してくれた理紗以上の存在は、きっとこれからも現れない。それは泉にも当てはまる。だから泉が学を好きになった時点で失恋が確定しているのがとんでもなく辛い。
泉EDもあるにはあるけれど、上澄み液をずっとすすってるような気持ちになった。風味はするが味がしない。吸っても吸ってもタピオカが来ない。いやミルクティーも美味しいけどタピオカも食べたいじゃないっすか。いつまで経っても本体が来ないような不思議な感覚。わかりやすく言えば自分の気持ちから逃げて色んな意味で逃避するのだが、儚い一瞬の夢を見ているようで、ある日突然学の気が狂れておかしくなるような気がするなこれ。

武の存在を否定するようになった学に、理紗への気持ちを自覚させるスイッチが必要で、その役目を担っていたのは恋愛的な意味でとても可哀想だった。それでもなんだかんだ、前に進んでいきそうな人な気がする。でもこういう己を確立した人にもっといい人は居るってなかなか言えないなあ……言えない……。


●志村詠美

「聞いて、私はね、家に、妹がいるの……。今の母親は、父親の二番目の奥さんで、その妹はね、母親の連れ子なの。だから、父親は嫌っていて、母親もそれに逆らえなくて、私が守ってあげないと、だれもあの子のことを愛してあげないの」
「ねえ、誰にも愛されないで育った子供の気持ちって、わかる?
 とても辛いのよ。一生ずっと、辛い思いをしていかなくちゃいけないのよ。妹に、そんなふうにさせたくないの。私は母親にはなれないけれど、でも、気持ちは凄いわかるから、なんとか、愛情をあげたいの。ねえ、わかるでしょ?」

自分の負の感情を学にぶつけていた詠美パイセンが、終盤になって報復とばかりに武に性的暴行を受けるようになってからこれを言うのは本当に卑怯な展開だなと思った。ハンターハンターのヨークシン編で旅団に、仲間を殺されて泣けるのになんでその気持ちをお前らが殺した人たちに分けてやれなかったんだってブチ切れたゴンみたいな気持ちになった。その思いやりの気持ちを学にも分けてほしかったよ。
いや、もちろん詠美は学や理紗の事情も知らないからこんな事が言えるのであって、タイミングや選んだ人が運が悪すぎた。……詠美パイセンに関しては色々と運が悪かったとしか言いようがない。ただ理紗も言っていたように、詠美が受ける報復にこの惨状は流石に可哀想だと思った。そこに詠美の家庭の事情は関係なしに。


●志村麻里

エロ枠その1。詠美と麻里の3Pルートは、麻里も理紗と同じような道進みそうでなんだか切ない気持ちになった。狂い方は違ってきそうな気もするが。ちなみに3Pのときの会話で詠美と麻里の会話を聞きながら学が「アハハ」って笑いながら、心の中で「なにこの会話。馬鹿みたいだなあ」って言ってたのが印象に残った。あの時が一番怖かったっす。振り切った瞬間だなと思った。


●高杉百恵
エロ枠その2。陵辱要素的な扱いで使われるキャラクターなのかなと思ったら相当な淫乱さんでした。私はそんなのには屈しない!からの淫乱っぷりには、そっちでくるのか、と意外だった。逆に学が吐くまで長時間もセックスさせられてたので目が点になったあと大爆笑した。体も心も作中一強い女性なのでは。この人が体力的な意味でもっと頑張れば事件はもっと早く解決していたはずだ。


●九条香織
エロ枠その3。理紗母。なんかもうちょっと……こう、なあ。なんとかならんかったんすかね、とやはり大人勢には物申したい。他人に自分の考えを預けようとしたり託そうとしたりする点は理紗に引き継がれた感じは確かにする。ただもうここまで大人になると自分でなんとかせんかいって気持ちが強くなってしまう。大人だからこそ可哀想な部分ってのもあるとは思うのだが。学が理紗を救ってくれると思いきやこの惨状に対して「自分が間違ってた」というのは、そら理紗さんキレますよ。
この作品って大人陣が総じて父親にも母親にもなりきれなかった人たちばかりで、敢えてそうしたんだろうし、そうしたからこその物語なんだが、それでもほんのちょっとだけでも、彼らが安らぎを感じられる大人勢が居たらどうなったのかなあと思ってしまう。



学も理紗も誰もかれもそうだが、他人に心を預けたりぶつけようとしたりしているが、結局自分の心を扱えるのは自分だけで、そこに誰かに全部預けようとするのは、みんな、疲れてるんだなあ。と思った。救って欲しいと思っていて、見ているこちらも救われて欲しいとは思うのだが、自分の意志や感情を全部預けてまで楽になりたいと思う気持ちって、どれだけ追い詰められているんだと思った。ただそうしたところで自分の苦しみが浄化されるわけではないし、きっと、救われるわけではない。多分それはきっと一瞬ラクになるだけで、何かを乗り越えたり出来るものではない気もするし。じゃあ乗り越えるってなんだよって言われると困るのだが、自分の感情や心は誰かに預けられるものではないし、泉が言っていたように「善悪の判断を決めるのが怖い人は宗教は必要」ってのもわかるが、完全にそちら側に移行できるものでもないように思った。完全にそっちに寄せられるのなら、自分って一体何?って話になるとも思う。そうなると自己の存在理由ってなくならないか、と感じるし。存在しなくても良い、って思えてしまう事が究極系なんだろうけれど。でも皆が皆同じ方向向いたらつまんないなって思ってしまいそうだな。

敢えてSWAN SONGと比べるが、文章量が違うのもあるが、やはり理紗の苦しみが伝わりきらなかったのは、理紗の性的虐待シーンがカットされてるところにある気がした。スワソンはこれがもう怒涛のようにきて逃れられないから、辛さや痛みが本当に刺激される。麻里のはあるのに……と思うと、本当に勿体がない。そこが描かれればもっと苦しめた気がするからだ。理紗がどういった思いで、感情で、父親の行いを受け入れていたのか、興味がある。こう言うとやはり自分は趣味が悪いなと思うのだが、理紗の自己分析と考え方が非情に興味深かったから、なおのことそう感じてしまった。そういう描写がきても私はずっと痛い苦しい辛いしか言わないだろうし感じられないだろうが、そこに共感することで、より自分の考えを深められるような気もするし。あーでもこの考え方っていずみんに近いような気がする。

現状悪化の一途しか辿らないと思うし、ラストシーンでもうひとりの学が言っていたように、一緒にいるのは良いことではないとは思う。ただたとえそれが一瞬だろうと、自分の感情や考えを受け入れて、苦しみながら、たとえ世間に許されなかろうとも、それでよかったんじゃないかと思った。彼らが世間の正しさと戦うか、それに従うかはまた別の話だ。
でもずっと物語を追ってきた一人としては、ちょっとでも、少しでも幸福に向かおうとする彼らを見て、やはり救われたし、単純に、良かったなあと思ったのでした。